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観光タクシーを専門とする島根県隠岐の島町のタクシー会社です。

観光案内

 玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)
玉若酢命神社  主祭神は玉若酢命で、隠岐を開拓した神だと言われています。
 主祭神の名前がそのまま社名になった神社です。
 地元の人は、この神社の事を「総社さん」と呼んでいます。
 昔は各地の氏神様を1ヶ所に集めて、合同祭として神事を行ったそうですが
 その集められた所がたまたまこの神社だったので、この神社の事を「総社」
 と言ったそうです。
 本殿は、今から約220年前(1793年)に建てられたもので、神社の本
 殿としては島後で一番古く「隠岐造り」と言って、他では見られない独特な
 作りになっています。
 玉若酢命神社  億岐家・宝物殿(おきけ・ほうもつでん)
億岐家  億岐家は今から約210年前に建てられたもので、代々玉若酢命神社
 の宮司をつとめてきた家柄です。
 現在の宮司は億岐史人さんで48代目です。建物の特徴は、玄関が三つに分
 かれているところで、昔は身分の違いによって入る入り口が分かれていまし
 た。屋根は茅葺きで約20年に1回葺き替えていたそうですが、最近は家の
 中でいろりを焚かなくなりましたので、痛むのが早くなったそうです。
 前回は約15年ほどで葺き替えました。また、億岐家の庭には佛面竹が自生
 しており、孟宗竹の突然変異で、節のところに特徴があります。上の節と下
 の節が付いて丸くなっているところが、仏様の顔のように見えるところから
 この名が付いたそうです。布袋竹、亀甲竹と呼ばれているところもあります。
 宝物殿では、駅鈴、唐櫃、隠岐倉印を拝観出来ます。
 玉若酢命神社  八百杉(やおすぎ)
八百杉  樹齢2千年と言われてる古杉です。名前の由来は、昔、若狭の国(福井県)
 から隠岐の国に来た八百比丘尼が、神社に参拝した記念に杉を1本植えてい
 ったそうです。
 それが現在の八百杉だそうです。また「八百年後にこの杉を見に来よう」と
 言ったところからこの名が付いたとも言われています。
 平成24年4月3日には急速に発達した「爆弾低気圧」により一番大きな枝
 が折れ、幹まで裂けました。折れた枝は直径1メートル長さ10メートルあ
 りました。この時、折れた枝の年輪を調べたところ、枝なので正確には不明
 ですが、樹齢は少なくとも1870年以上との調査結果でしたので、樹齢
 二千年と言われていたのも頷けます。
 隠岐国分寺跡(おきこくぶんじあと)
隠岐国分寺  国分時は今から約千二百年(741年)まえ、聖武天皇の詔によって全国に
 68ヶ所建てられました。
 隠岐の国分寺は創建後しばしば建て替えられたりして、鎌倉時代以後も守護
 職の保護を受けて存続してきましたが、明治2年の廃仏騒動によってすべて
 消失してしまいました。その後、明治16年に再建の許可が下り復興されま
 したが完成したのは昭和25年になってからでした。その時再建された国分
 寺も、平成19年2月25日原因不明の火災により全焼し、国分寺に残って
 いた資料のほとんどを失いました。平成26年には新しい本堂が再建され、
 27年秋には「本堂再建落慶祝祷法要」が営まれました。
 
 隠岐国分寺  後醍醐天皇行在所跡(ごだいごてんのうあんざいしょあと)
後醍醐天皇行在所跡  創建当時の本堂跡は、現在は後醍醐天皇の行在所跡として国の指定を受けて
 います。後醍醐天皇は今から約680年(1331年)前、当時の鎌倉幕府
 を倒そうと挙兵しましたが、敗れ隠岐に配流になりました。(元弘の乱)
  約1年後に脱出し、鳥取県の船上山で挙兵し幕府を倒すことができました。
 帰京した後醍醐天皇は、幕府が即位させた天皇の王位を否定し建武の新政を
 行いました。後に、奈良県の吉野山に南朝を開き、京都の朝廷と対立する
 南北朝時代が始まりました。
 隠岐国分寺  隠岐モーモードーム(おきもーもーどーむ)
隠岐モーモードーム  隠岐では「牛突き」と言いますが、一般には「闘牛」と言います。
 起源は約790年昔、承久の乱(1221年)で中ノ島に配流となった後鳥
 羽上皇を慰めるために始められたと言われています。牧畑で角と角を突き合
 わせている子牛を見た上皇は、大変喜ばれたそうです。それを知った村人達
 は、強そうな雄牛を集めて突かせたのが始まりのようです。
 現在は、年4〜5回の大会があり、旧都万村の八朔牛突き大会が1番古い大
 会で、壇鏡神社の祭り(9月1日)に合わせて奉納大会として行われます。
 全国では隠岐を含めて6ヶ所で行われています。隠岐では飼育者の高齢化と
 減少で存続が危ぶまれるようになりました。
 かぶら杉(かぶらすぎ)
かぶら杉  樹齢650年の杉で名前の由来は「鏑矢」(かぶらや)に似ているところか
 らこの名が付いたそうです。地上1.5m位の所から幹が分かれていて、小さ
 い枝も入れると全部で9本残っています。中央の大元以外は元々枝だったも
 のです。
 枝が大きくなって幹のようになるのは日本海側の杉の特徴で、積雪の影響と
 言われています。
 白島展望台(しらしまてんぼうだい)
白島展望台  隠岐の最北端です。最北端の島が「沖ノ島」で、国の天然記念物オオミズナ
 ギドリの繁殖地になっていてます。又、トウテイランの群生地でもあります。
 その他、「松島」、「白島」などの島々が点在しています。
 白島崎先端(沖ノ島、亀島、小白島方面)の岩が白く見える部分は、アルカ
 リ流紋岩や粗面岩で天望台下の黒く見える島々は玄武岩の火砕岩や溶岩です。
 佐々木家(ささきけ)
佐々木家  この地区の代々庄屋職を務めてきた家です。築後170年ほどで国の文化財
 になっています。
 建坪69坪あります。この家も玄関が三つに分かれており、昔は身分の違い
 によって入る入口が分かれていたのです。
 屋根は杉皮屋根で押さえ石が600個以上乗せてあります。
 西郷岬灯台(さいごうみさきとうだい)
西郷岬灯台  西郷岬灯台からは、西郷湾から大満寺山までを一望することができます。
 隠岐で最初に建てられた灯台です。
 西郷港を出入りする船を高い場所から見守っています。屋根の上にある、
 風見鶏も見どころです。
 足元には、美しい日本海が見渡せる眺めの良いオススメの場所です。




     
 
 水若酢神社(みずわかすじんじゃ)
水若酢神社 延喜式神名帳では名神大社に列せられ隠岐国一宮です。旧社格は国幣中社。
 隠岐の国土開発、日本海鎮護(北方防備)、航海安全の神様だったと云われ
 ています。県内では格として3番目の神社で、現在の本殿は1795年の完
 成です。屋根は茅葺で約20年に1回屋根替えを行い、その時にはかならず
 お祝いとして江戸時代から続く隠岐古典相撲を開催します。
 周囲には小規模な古墳もあり、神社周辺は古くから隠岐北部の中心であった
 と考えられています。
 延喜式の「式内社」は島内16社あり、一宮は島根県内5社で、その中の
 2社が隠岐島内にあります。
 水若酢神社  隠岐郷土館(おききょうどかん)
隠岐郷土館  この建物は、明治18年に隠岐4郡の郡役所として、現在のフェリー乗り場
 近くに建てられました。その後、昭和43年までの85年間にわたり、郡役
 所庁舎や隠岐島庁舎など名前を変えながらその役割を果たしてきましたが、
 昭和43年に新しい合同庁舎完成に伴い廃止されました。
 その後、当時の五箇村が県より譲り受け、昭和45年春に現在の場所に解体
 移築したものです。木造の洋風建築としては県内で1番古かったので後に残
 したものです。館内には、農具や漁具、生活用具など、島内各地から集めら
 れた貴重な品が約3千点展示してあります。
 村上家隠岐しゃくなげ園(むらかみけおきしゃくなげえん)
村上家隠岐しゃくなげ園  オキシャクナゲは島後の大満寺一帯に多く生育している隠岐特産の貴重植物
 です。葉質が薄く幅広い楕円形で他のシャクナゲより丸みが感じられます。
 又、花の下の葉が小型なのもオキシャクナゲの特徴です。
 ここ村上家隠岐しゃくなげ園では、約2ヘクタールの山の斜面に約1万株の
 しゃくなげが咲き誇り、山肌一面にピンク色の花を咲かせます。毎年4月下
 旬から5月上旬が最も見頃となります。
 ローソク島展望台(ろーそくとうてんぼうだい)
ローソク島展望台  ローソク岩は約20mの高さがあり、岩質はアルカリ流紋岩です。
 数十万年もの間、日本海の風浪に浸食され削られて今の形になったものです。
 陸からはローソク岩に太陽が重なる所は見えません。遊覧船など利用して見
 に行かなければならないので、季節と気象状況に大変左右されます。
 雲に隠れたり、時化で欠航だったりと、見えるかどうかはその時の運しだい
 です。
 福浦トンネル(ふくうらとんねる)
福浦トンネル  海岸側のトンネルは、明治の初め頃手で彫って出来たもので、このトンネル
 が出来るまでは磯沿いに歩くか、舟に乗るか、山越えするかの方法しかあり
 ませんでした。その後、明治34年に現在の山側のトンネルが完成しました
 。どちらも手彫りのトンネルですが、山側の新しい方のトンネルは発破も使
 用したそうです。これらのトンネルは、徒歩〜馬(馬車)〜自動車へと移り
 変わった交通手段の変遷を反映したものであり、人の営みと土木技術の推移
 を関連付けて見ることが出来ることから、2005年に日本土木学会が定める
 土木遺産に選定されました。
 深浦の滝(ふかうらのたき)
深浦の滝  落差約30mから落下する滝です。
 島根県名水百選にも選ばれていて、隣には雨の降った後にしか見られない幻
 の滝「白糸の滝」も存在し、地元では深浦の滝を雄滝、白糸の滝を雌滝と呼
 んでいます。
 白糸の滝(しらいとのたき)
白糸の滝  雨の降った後にしか見られない幻の滝「白糸の滝」です。
 地元では深浦滝を雄滝、 白糸の滝を雌滝と呼んでいます。
 
 屋那の船小屋(やなのふなごや)
屋那の船小屋  この船小屋は杉皮屋根で、その上に押さえ石を乗せてあります。
 小船のアパートのようになっていて、この中で船や漁具を修理したり、作り
 直したりしています。
  昔の海岸線の風情風景を残す目的で当時の都万村が村で予算を組んで建て替
 えたのです。
 那久岬(なぐみさき)

那久岬  那久岬は、正面に島前の島々を見ることが出来ます。
 西に沈む夕日が大変きれいな所です。復元したものですが昔の灯台跡もありま
 す。昔はランプだったり火を焚いたりしたそうです。島前と島後の距離は、都
 万から海士町が最短で約12qです。
 壇鏡の滝(だんぎょうのたき)

壇鏡の滝  右側に高さ40mの雄滝と、左側に高さ30mの雌滝があります。
 雄滝は、滝の裏側まで入れますので別名「裏見の滝」と言っています。水は日本の名水百選に、
  滝も日本の滝百選に選定されています。
 隠岐に流された小野篁が、都への帰還を願って打たれた滝としても知られています。
 油井の池(ゆいのいけ)

油井の池  標高約50mに位置した直径約250mの円形に広がっている湿性草原です。
 一部に水域があり、貴重な動植物の生息地となっています。
 油井前の洲(ゆいまえのす)

油井前の洲  この浅瀬は「前の洲」と呼ばれ、約5000平方メートルの広さがあること
 から千畳敷とも呼ばれています。
  長い年月により地層が北西の風と波に削られてできた波食棚です。
 干潮時の潮が引いた時が見ごろです。
 那智の滝(なちのたき)

那智の滝  落差約40mから落下する滝です。島根県名水百選に選ばれています。
  滝の下には、木々に覆われた中に那智神社があります。
 雨が降った後が特に綺麗な素晴らしい滝です。
 屋那牛舎(やなぎゅうしゃ)

屋那牛舎  牛突きに出場する屋那の牛舎を見学することができます。
 
 浄土ヶ浦海岸(じょうどがうらかいがん)

浄土ヶ浦海岸  隠岐が国立公園の指定を受けたのが昭和38年です。
 当時の大山国立公園に編入されたもので、現在は「大山隠岐国立公園」とな
 っています。その国立公園指定を記念して切手が発行され、その図柄になっ
 たのがこの浄土ヶ浦海岸です。地名については、一休和尚の伝説によってこ
 の名になったと言われています。
 乳房杉(ちちすぎ)

乳房杉  樹齢800年の巨木です。
 岩倉神社の御神体としてあがめられ、毎年4月23日が祭礼です。
 高さ40mで幹の周囲は11m以上あります。上には20本近くに分岐した
 幹が伸びています。この杉の最大の特徴は大小24個の下垂根です。鍾乳根
 とも言います。大きい物は長さ2.6m周囲2.3mもあります。
  又、この乳房杉周辺は、「風穴」といって柱状節理が崩れた岩が積み重なっ
 て出来たところで、石と石の間から冷たい冷気が出ます。
 トカゲ岩(とかげいわ)

トカゲ岩  日本の三奇岩の1つです。
 岩質が大変めずらしく、「アノーソクレイス響岩質粗面班岩」と言って、世界でも三ヶ所でしか
 確認されていない奇岩です。
 龍ヶ滝(りゅうがたき)

龍ヶ滝  龍ヶ滝は高さ70mくらいの断崖です。
 玉若酢命神社の玉若酢命が隠岐に来られた際、この断崖を龍馬に乗ってかけ
 上がった時のひずめと尻尾の跡が残っていると言う伝説があります。
 また、この断崖には、絶滅危惧種ハヤブサの巣があり、毎年繁殖が確認され
 ています。運がよければ、ハヤブサに出会えるかもしれません。
 もしも出会えたらビックリさせないように静かに見学して下さい。
 大山神社(おおやまじんじゃ)

大山神社  巨木信仰の神社で、社殿は無く鳥居をくぐると御神体である樹齢800年の
 杉の大木があり、山全体が神社として祀られています。
 祭礼は2年に1回で4月の初丑の日に木遣り歌を唄いながら、大かずらを
 幹に7巻き半巻きつける「帯締め」の神事を行います。
 山祭りとしては日本最古とも言われています。